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君や来し ①

「たっだいま、岩城さん!」
「ぁ、ああ、お帰り…早かったな」

唇だけの笑み、強張った肩の線。…ま、予想できないでもなかったけど。
俺はもう胸の中で白旗を上げた。
でも笑顔は消さずに、立ちかけた腰を強引に抱き込んでソファに埋まった。
角帯がしゃりしゃりと音を立てる。
「全く、何年一緒に居ると思ってんの?さっさと吐いちゃいなよ。


ゲネ(プロ)追加でしょ、違う?」
あの舞監(舞台監督)の完璧主義も度が過ぎてるのに、
役者が誰も逆らわないんだもんな。岩城さんときたら、その上を行く完璧主義だし。

「いや、そうじゃないんだ。俺が…」
意を決したらしく、濃い睫が上がった。
「若先生の指導をもう一度受けたいとお願いしていたんだが、
明日ならご自宅…宗家のお邸で教えて頂けるとお姉さんから連絡があったんだ。
あちらも忙しい方だ、これを逃したらもう機会が無いかもしれない。
伺いますと返事した…済まない」

来週に初日を迎える、岩城さんのお芝居のせいで、
俺たちはもう3ヶ月も一緒のオフが無かった。
ゲネプロの前のわずかな休養日に合わせて、必死で取った明日の休み。
俺はものすごく楽しみにしてたのが、岩城さんにもわかってる。
今朝までにはなかった目の下の翳りは、その悩みの印だ。
でも、ほんとに楽しみだったんだから、もう少し、困ってくれなきゃね。
俺は太い溜息をついて俯いた。
岩城さんの視線がおろおろと俺の旋毛の辺りを揺れているのを感じる。
「俺、何で岩城さんと同業選んじゃったんだろうなあ」
「え…」
「同じ役者じゃなかったらさ、そんなこと理解しないで、
『俺と仕事とどっちが大事なのさ!』って責められるのにさ。
判っちゃうんだもん、今度の『萬里小路和衛』役に岩城さんがどれだけ、打ち込んでるか」
にっと笑って見上げると、岩城さんの顔は何トンもの重石が無くなったかのように綻んだ。
「ありがとう!…それでな、あの、」
え、まだ何かあるんですか?
「よかったらお前も一緒に伺わないか?」
「え、いいの?行く、もちろん行く!」
それだけ一緒に居られるんだから、決まってるでしょ。
「戦災で一度焼けたそうだが、戦前のままに再建されたそれは立派なお邸なんだ。
役者ってのは何でも見ておくのが勉強になるし…」
躊躇う言葉、泳ぐ視線。
「…まさか、その若先生だか、そこの誰かが岩城さん狙ってるんじゃないだろうね?」
「違う!そんなわけあるか!」
「前例が多すぎるからねぇ」
「…先方が、良かったらお前もご一緒にって言って下さったんだ」
「へ?あ、もしかして前サイン頼まれた人が?お姉さんだったっけ?」
「頼んだのはお姉さんだったんだが…実際お前のファンなのは若先生だと判った」
「ふーん」
「ご一緒にと言われたのもお姉さんだけどな」
「弟のために気を廻したってこと?」
「ああ。若先生はそんなこと自分からはとても言える人じゃない。
お姉さんたちが世間から守ってくれているからいいが、
そうじゃなかったらどうなったかと思うくらい、おとなしくて、無垢で、
無防備で…華に関わるときの凛然とした姿とのギャップにはびっくりする」
なんか、それって誰かさんとも、かなり似てる気がするんですけど。
「岩城さんが演じる人、その人の大叔父さん、なんだよね?」
その『萬里小路和衛』のモデルになった華道家の写真は一度見せてもらった。
黒目勝ちの切れ長の瞳、きりっと口角が上がった唇、
しなやかな肢体の美男子で、
原作者も、子孫の**流の人たちも岩城さんの起用に
大乗り気っていうのが納得いったんだけど…
「その若先生って人ももしかして、岩城さんに似てる?」
「…お姉さんや、舞監だの他の役者も似てる似てるっていうんだが…
あちらの方がずっと上品で綺麗だ、それに、若くて、汚れてないし」
何で、そんなに怒った口調になるのかな?もしかして?
「…まさか、岩城さん、俺が目移りするなんて思ってないよね?」
返事は無い。
赤らんだ目元、きっと結ばれた口元。
ああもう、この人ときたら、どうしてこう俺を嬉しがらせるのがうまいんだ。
(続く)

ずーーーっと前にここでちょこっと構想をメモしたことのある、
岩城さんと香藤君のソウルメイトの青年たちが出てくるお話です。
引越しのストレス逃避にガンガン書いていきたいです。


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2009.02.28 | Comments(0) | Trackback(0) | Harudaki

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