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パリが覆る日

無事フランスから帰還いたしました。
今回の私の目的は主にモンサンミッシェルでした。皆パリから日帰りを強行(片道4時間位はかかる)するほどの景観だというので一丁行って見るかと。それと、今ウェールズ近くに住んでますし、去年スコットランドのハイランドとコーンウォール、その前にアイルランドにも行ったので、ブルトンを加えればケルト文化圏制覇になるという気もなんとなくありました。
で、ユーロスターでパリに着いてパリに足をつける間も無くロアールに運ばれ(今回も面倒なのでツアー参加)お城をたんと見てからまた半日バスに乗ってモンサンミッシェルという強行軍だったんですが、現地ガイドさん(日本人マダム)がしっかり知識のある方で、その翌朝の満潮時刻が8時10分ということまで教えてくれました。
というのは、モンサンミッシェルというのは、今は陸地と連絡道路が築かれていますが、本来は離れ小島(といっても海岸から数百m位)で、引き潮の時は砂地を歩いて島に渡れたのですが、潮の満ちる速度は馬が全力疾走で漸く逃れる程なので、昔はうっかり潮に呑まれた巡礼者が数知れず、修道院が廃れた後は逃げ辛いから監獄として使われた(『モンテ・クリスト伯』の舞台ですってね)という程なんだそうです。
で、パリから日帰りで来る人は朝出て昼つくので、潮が引いたところしか見られないが、泊りなら、ドラマティックに潮が満ちるところも見られるという話。
...我家はこういう、時間限定の自然現象とか、メジャーな旅行プランでは見られないというオプションには抗えないたち。堤防はホテルから歩いて10分だそう。
モンサンミッシェルの開門が9時なので、うっかりすると朝食(7時半から8時半に済ませるよう指示されていた)の時間が無くなるのですが、まあそれは途中で買ったおやつで凌ごうということで合意し、夜明け前(7時過ぎ)にとぼとぼと海の方へ出発。徒歩10分は田舎の不動産屋の単位で、優に20分近くかかりましたが、寒いのもあり、殆ど人影の無いモンサンミッシェルに対面できました。着いた頃は水が動いている風じゃなかったので半信半疑でしたが、満潮時の10分前位からかなりの速さで水が満ちてきて、確かにちょっとした見ものでした。その1時間後位に島の見物に行ったらもう半ば引いていて、昼過ぎにそこを出るときは砂州が出て人が歩いてたので、満ち干の全体が見られたわけです。
今は堤防で潮をせき止めたせいで、砂が沢山堆積して、建物の足元まで水に浸るような状況は高高潮(こうこうちょう)でもないと見られないそうで、あんまりドラマティックな違いが判る写真が撮れなかったです。
ああ、でもこんな潮があったから、イスの伝説もあったんだなと思いました。これは『マーガレットとご主人の底抜け珍道中』で読んだのでもしかして坂田さんの創作?と思っていましたが帰って調べたら実際伝承されている伝説でした。でも、Parisが、『Isに対う都』で、Isが水底から甦るとき、Parisが覆るというのは俗説というのも判明してちょっと残念。


何でも活字(ないし漫画)から入るたちなので、旅行にはなるべくその土地にちなんだ書物を携えていく習わしです。そこの国の作家とか、そこを舞台にしたものとか。スペインのときは『カルメン』とかベッタベタですが、やはりその地で読むって特別な感じがして良いです。そうじゃなきゃ軽いものがいいですね。開高健はいつもシャーロック・ホームズを携えていくと言ってましたが、そういうのがいい。前、ポルトガルに(壇一雄を持っていきたかったけれど手元に無かった。切支丹大名とか大航海時代は興味が薄いのでその手の本も持ってなかったです。宮本輝も読むには読みますが、読み返す対象じゃないのでもってなかった)適当な本が無かったのでこれ持って行ったのですが失敗でした_| ̄|○かなり重くて暗いんで...
で、今回何がいいかなと本棚を渉猟してみたものの、ロティ(舞台・長崎と日光と鹿鳴館)とテグジュベリ(舞台・アフリカ)とメリメ(舞台・スペインとカリブ)とサド(舞台・…。)しかない。スタンダールとアナイス・ニンは実家に置いてきちゃったし、デュラスやトゥーサンも図書館で済ませて持ってない...せめて師匠にこれ強請っておけばよかったです(か、原書で買っておけば良かった)。パリだけの旅行なら森茉莉でも良さそうですが。それか、フィッツジェラルド(特に『バビロンに帰る』)やロスト・ジェネレーションの誰か。
でもあらゆるメトロポールがそうであるように、パリはフランスではなく、独自の生命を持った都市国家ですから(ロンドンはイングランドではなく、Berlinがドイツではなく、東京が日本で無いように。)今回のように主に地方に行くにはそぐいません。特にフランス、ドイツ、スペイン、イタリアなんかは未だにそれぞれの地方の地方色が強いので、同じ国の中でも離れた土地はヨーロッパ内の別の国みたいです。
ロアールの文学といっても特に思い至らないので、じゃあそこに住んでいたカトリーヌ・ド・メディチと彼女が用いたノストラダムス、オルレアンを通るとなればジャンヌ・ダルクと共に戦ったジル・ド・レエ...という訳でこれを再読して行ったために美しいお城巡りの最中も私の頭はユグノー虐殺、暗殺、黒ミサ、火炙りなどで血塗れ状態でした。地方にこだわらずにドオデか何かにしとくんだった_| ̄|○
とはいえ、ベルばらとラ・セーヌの星でフランスを知り、うっかり10代でユイスマンスや堀口訳のジュネ(雑誌ではない)、澁澤の著作(がびじゅある系バンドメンバーなどによってイタイ子たちに広まる前でした)を耽読しちゃった私には所詮19世紀までのフランスは血まみれの国だから修正しようもないといえばしようがないのでした。

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2008.03.27 | Comments(0) | Trackback(-) | Daily

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